上越新幹線 開業記念日 1982.11.15

記念日シリーズ VoL.20

本日 11月15日は、1982年(昭和57年)に 上越新幹線の
「大宮 - 新潟」間 が 開業しました。

そこで今回は「上越新幹線」の 開業記念品を眺めつつ、
印象に残っている ウンチク を つづりたいと思います。


▼開業出発式の様子(新潟駅)
200系_新潟
出典:交通新聞社

■開業記念レコード
 「みんなの上越新幹線/唄:サーカス」

 新潟駅での開業を祝うイベントにて販売されました。
 歌のご製作に「新潟鉄道管理局」さんの名がありました。

 YouTube に フルコーラス が あがっていましたので、
 ご存知ない方は、聴けるうちに お聞きになってください。
 →こちらから(YouTube サイト 音質良好です)

▼レコードジャケット
みんなの上越新幹線_ジャケット1
 芦田茂 作詞/箕輪真澄 補作詞
 かとうなるき 作曲/池田耕造 編曲
 歌制作:新潟鉄道管理局 新潟日報社 新潟放送
 レコード制作:新潟音楽出版 製造:ワーナー・パイオニア

 歌詞の内容は 新潟県民さま の思考と感じます。


 サーカスさんは 、1979年4月9日から1980年3月17日まで、
 テレビ朝日系列で放送されたドラマ「鉄道公安官」の主題歌
 「ホームタウン急行」(ホームタウンエクスプレス)も歌われ
 ており、鉄道には 縁 があったグループですね。


■開業時刻表(東京北鉄道管理局)
 内容は「リレー号 対 新幹線」の接続を主眼とした構成です。

 「みんなの上越新幹線」の歌詞に出てくるとおり、列車名
 は、速達タイプは「あさひ」、各駅停車タイプは、伝統の
 「とき」の ペア で運転を開始しました。
 
▼表紙
上越新幹線 開業時刻表_1
▼下り
上越新幹線 開業時刻表_2
上越新幹線 開業時刻表_3
上越新幹線 開業時刻表_4
▼上り
上越新幹線 開業時刻表_5
上越新幹線 開業時刻表_6
上越新幹線 開業時刻表_7

上越新幹線の停車駅は、全部で 9 の駅が 設けられました。

■開業を祝う 10駅 の記念スタンプ
 スタンプの数が1つ多いのは、まだ新幹線が到達していない
 「上野駅」にも、記念スタンプが設置されていたためです。

▼新潟
210 新潟
▼燕三条
209 燕三条
▼長岡
208 長岡
▼浦佐
207 浦佐
▼越後湯沢
206 越後湯沢
▼上毛高原
205 上毛高原
▼高崎
204 高崎
▼熊谷
203 熊谷
▼大宮
202 大宮
▼上野駅
201 上野
▲上野駅だけは 185系 リレー号 でデザインされていました


■難産となった「中山トンネル」
 上越新幹線は、関東平野、新潟平野を、上越国境を越えて
 結ぶルートであったため、平野部の工事は順調に進んだも
 のの、国境の長大トンネル工事では、予想外の難工事とな
 りました。

 開業の遅れの原因となった「中山トンネル(なかやまトン
 ネル)」(高崎駅 - 上毛高原駅間にある 総延長14,857 m)
 での2回の異常出水事故では、当初計画した直線ルートで
 の掘削を断念せざるを得ない状況に陥り、出水エリアを、
 カーブで避ける2回の経路変更により、ようやく完成した
 トンネルでした。

▼中山トンネル ルート変更箇所略図
 (Wikipediaより)
中山トンネル施工略図
▲赤が計画ルート、緑が変更1回目ルート、橙が現行ルート

2回のルート変更で、27m分の 重複キロ程 が あるそうです。
(開業直前の変更でキロ程の振り直しは間に合わなかった旨)


■中山トンネルが残した後遺症
▼後遺症その1
 トンネル完成後も 毎分 54トンの湧水があり、トンネルの
 地表では、生活用水となっていた水源や沢が枯渇する事態
 がトンネルの工事中から発生してしまい、トンネル内湧水
 の一部を、地上へ戻す渇水対策が施されており、現在もそ
 の対策設備によって水を確保している状況が続いています。

 渇水対策に回す湧水は 24トン / 分で、残りの30トン / 分は、
 吾妻川に放流されているそうです。

 
▼後遺症その2
 この経路変更に伴いトンネル内に半径1,500 mの曲線が
 生じたため、この曲線区間を通過するときには160 km/h
 に減速しなければならず、運転上の制約を受けています。
 
 せっかくフル規格で構築したのに、なんとも悩ましい負
 の産物を背負ってしまったものです。 これを逆手にとっ
 て、乗客側と経営側ともプラスに転じるグッドアイデア
 があれば、また違うのですが・・。


▼派生後遺症(解決済)
 当時の車両転配計画で、上越新幹線の開業で余剰となる
 新潟の183系1000番台を、ディーゼル特急「やくも」の
 電化置き換え用とする計画がありました。
 新幹線の開業延期により、この計画を見なおすきっかけ
 が生まれ、従来の特急電車では、カーブの多い線区での
 スピードアップ効果も薄いということも後押しし、財政
 の厳しい中、381系が新製投入される流れとなりました。


■「大清水トンネル」の副産物
 「中山トンネル」の湧水は、「地元の命に直結する水」
 となった一方で、「大清水トンネル」の湧水も、冬季の
 軌道消雪用に活用される「輸送動脈を維持する水」にな
 っており、両トンネルからの湧水は、なくてはならない
 産物となりました。

 更に、大清水トンネルの湧水は「とてもおいしい水だ」
 と、湧水を管理する関係者の間で 評判 となったことで、
 国鉄のミネラルウォーター販売ビジネスにも発展する水
 となりました。

▼新幹線が生んだ谷川連峰の源水「大清水」
大清水_飲料水
▲谷川連峰 と 200系が描かれていました(写真は復刻版)

2006 年に「大清水」の販売が一旦終了しましたが、ジェイ
アール高崎商事から、JR東日本ウォータービジネスへ移管後
2007年7月に『From AQUA』として、リニューアル発売さ
れ現在に至ります。

直近の製品では、開栓時にキャップをペットボトルにくっつ
けたまま飲める工夫がされており、手でキャップを保持して
おく必要がなくなったため、誤ってキャップを落としてしま
うような場面がなくなったのが、嬉しい配慮です。

駅構内でミネラルウォーターを購入する際は『From AQUA』
を、あえて 探すように努めています。
(広告宣伝費はいただいておりませんので あしからず・・)


■開業記念品
▼開業前試乗記念証(日本鉄道建設公団)
 (表)
上越新幹線試乗記念証_1
 (裏)
上越新幹線試乗記念証_2
▲ここにも「予想外の難工事」という言葉がありました

▼試乗券(東京北鉄道管理局)
 (表)
上越新幹線試乗記念証_3
 (裏)
上越新幹線試乗記念証_4

▼開業記念入場券(新潟鉄道管理局)
上越新幹線開業記念入場券_新潟0
▼新潟
上越新幹線開業記念入場券_新潟1
▼東三条
上越新幹線開業記念入場券_新潟2
▼長岡
上越新幹線開業記念入場券_新潟3
▼浦佐
上越新幹線開業記念入場券_新潟4
▼越後湯沢
上越新幹線開業記念入場券_新潟5

▼開業記念入場券(新潟駅)
上越新幹線開業記念入場券_1
▲日本の新幹線を象徴する顔がいいですね


■高速鉄道路線の基本計画に基づいて同時に作られた設備
 「長岡駅」には、羽越新幹線計画を見据えた路盤が構築
 されており、下りホーム側にその姿をみせております。

羽越新幹線用に作られた長岡駅の路盤
長岡駅_羽越新幹線ホーム
▲ホーム右側に上越新幹線の下り列車が発着しています。
 開業以来、列車を待ち続ける空間がそこにはあります。
 現在のホームには全長に渡って柵が設けられています。

羽越新幹線は、富山駅 - 上越妙高駅間は「北陸新幹線」、
上越妙高 - 長岡間は、別途建設、長岡駅 - 新潟駅間は
「上越新幹線」を共用区間として、新潟から先は、現在
の在来線特急「いなほ」のルートに沿う形で、新青森ま
で至る路線で、実現すれば、日本海縦貫線の新幹線版が
できることとなります。

▼羽越新幹線ルート (Wikipediaより)
羽越新幹線
在来線特急「いなほ」が、新潟駅高架ホームで上越新幹線と
同一ホームで乗り換えができるようになり、羽越新幹線の魂
が、ほんの少しだけ、見えるようになりました。


■メダルの記念品
▼東北・上越新幹線開業記念メダル
(銀メダル)
開業記念_銀メダル2

▼上越新幹線開通記念メダル
(銅メダル)
開業記念_銅メダル
(純銀メダル)
開業記念_銀メダル
▲純銀メダルは大蔵省造幣局品位純度検定証明極印入でした

▼上越新幹線開業記念メダル
(金メッキメダル) 
開業記念_金メダル
▲あくまでメッキもの ~純金製は高額で手がでません・・~

銅メダルと純銀メダルのみ「開通記念」とされており、その
他の記念品は「開業記念」となっています。


■「とき」の愛称をめぐる話題
 今や上越新幹線といえば「とき」の愛称が定着しておりま
 すが、1997年に上越新幹線の列車運行系統再編に伴い、
 新潟発着の列車を「あさひ」、高崎・越後湯沢発着の列車
 を「たにがわ」に整理されることとなり、あろうことか、
 記念メダルに刻まれた「とき」の名が、消滅してしまう
 事態が生じました。
方向幕_あさひ_新潟
 「とき」の名が消滅した後に、長野
新幹線「あさま」と
 上越新幹線の「あさひ」の愛称が1文字違いで紛らわしく
 なり、誤乗が頻発したことや、新潟県内を中心に「とき」
 の愛称を復活するよう求める声が廃止直後から強くあり、
 新潟県などの関係機関からもJR東日本に対し、列車名を
 「とき」に変更するよう要請が行われるといった動きが
 ありました。
方向幕_とき_新潟
 このような経緯から 2002年12月1日に「あさひ」を「と
 き」へ改称する形で、5年ぶりの復活を果たしたのでした。

 在来線特急時代から慣れ親しんだ愛称であり、やはり新潟
 発着の列車は「とき」(朱鷺) でないと、しっくりきません。


■上越新幹線 新宿駅構想
 上越新幹線の東京口ターミナルは、当初「新宿駅」が計画
 されていました。

▼鉄建公団さんの資料に残る 新幹線 新宿駅ルート
成田新幹線ルート1972
▲新宿では更に成田新幹線と繋がる構想がありました

 大宮から新宿へ繋ぐルートとして、大宮ー赤羽間は、現在
 の東北新幹線のルートとは別に、上越新幹線と北陸新幹線
 は、東北貨物線用地を転用するとされた計画図が、毎日新
 聞さんの記事に残されています。(国鉄新計画案ルート)

上越新幹線 大宮ー赤羽間ルート図

毎日新聞19730311
出典:毎日新聞 (1973.3.11)


一方、赤羽ー新宿間は、国鉄の計画案ですと、当時の赤羽線
ルートより、やや東十条・王子側となる山手線寄りルートで
池袋へ至り、池袋付近から新宿までは、山手線と山手貨物線
の間にルートが描かれてます。
無論、このルートは、地下線で通さないと実現不可能ですね。

あくまで略図ですが、赤羽方は わざわざ「赤羽線から離れた
線引き」をされているところが、探求心を擽ります。


▼上越新幹線 分離ルート案(大宮 - 新宿間)
国鉄新計画案
出典:交通技術 (1976.1)
   著者:国鉄新幹線建設局・鉄建公団新幹線部

赤羽ー高田馬場間に関する具体的な
資料類は、まだ目にし
ていませんが、ある文献には次のような記載がありました。
・赤羽ー駒込付近は地下線
・駒込ー池袋付近は山手貨物線の直上
・池袋付近ー新宿間は地下線

上十条~王子~上中里~駒込付近一帯は、武蔵野台地先端と
なる地形から、駒込付近からの地下線説は共感が持てます。

▼武蔵野台地の先端から東北新幹線の高架線を見たところ
駒込付近の武蔵野台地の先端
▲武蔵野台地先端の地面と高架橋の高さは ほぼ同一レベル

上の写真は「上中里ー田端」間のやや田端寄りでの記録で、
新幹線の向こう側高架下には新幹線車両基地が広がります。
台地の足元には、山手貨物線の「中里トンネル」がありま
すので、台地に地下線を通す説は現実的であり、赤羽付近
までムリなく接続できるルートと感じます。

一方、池袋近辺からの地下ルートは、池袋周辺の地下構造物
を考えると、山手線で切土区間となっている大塚ー池袋間の
付近から、地下へアプローチするのが、無理のない線形とな
ると思えます。

いずれもカーブがきつくなる線形が必要で、速度も低めにな
らざるを得ませんが、現在線でカーブが続く「上野ー日暮里」
間程度の曲線半径を考えれば、さほど問題ではないでしょう。

また、西武鉄道さんの資料とされる、新宿線地下急行線地下
ルートの断面図には、高田馬場周辺では、新宿線地下急行線
が一番深い位置にあって、急行線すぐ上に「新幹線」のトン
ネル(新幹線の文字を楕円で囲った表記)が示されており、
新幹線の上部地上は「山手線」となっていましたので、池袋
近辺からの地下ルート説とも、一応整合性がとれます。


▼新幹線新宿駅 構想図(地下3階平面図 右手が池袋方)
上越新幹線_新宿駅構想
出典:国鉄東京第三工事局調査課(1976.12)

※下へカーブを描く路線は「東北東海道開発線」という別構想路線です

新宿駅南口付近には、新幹線ホーム建設用の地下空間が確保
されている、とされる文献がいくつかあり、都営新宿線など
の後発路線が、この空間を避けた位置に建設されているのが、
その証だとされてきましたが、新幹線ホームの予定地とされ
ていた直上には「バスタ新宿」が構築されたことから、現在
は、その地下空間事情も変化しているものと推測されます。

計画当時あてにしていた山手・東北貨物線用地も、湘南新宿
ラインの重要ルートに変化した今、現状の社会情勢だと、非
現実的な夢物語ではありますが、未来に期待も持ち続けたい
ところではあります・・。


■1982年は2回のダイヤ改正を実施
▼国鉄監修 交通公社の時刻表 1982年11月号
10037265321
▲越後湯沢を行く 200系 が 表紙を飾りました

1982年は、上越新幹線の開業が遅れたことから、6月23日の
東北新幹線開業、11月15日の上越新幹線開業と2回のダイヤ
改正があり、この年の土休日は、時間の許す限り、上野口の
優等列車の賑わい情景を記憶に留めるべく、上野~尾久~王
子~東十条~赤羽~川口までの沿線に入り浸りだったことを
思い出します。

▼開業出発式の様子(大宮駅)

200系_大宮2
出典:交通新聞社

「羽越新幹線」と「新宿駅」に関わる動き次第では、大きな
変革要素を抱える『上越新幹線』。
そんなことは当分なさそうですが、その動向については今後
も見守ろうと思うのでありました。


          *  *  *


上越新幹線開業の影では「こだま形」の 血筋 を引く 181系
の引退が決まっていたため、心を強く惹かれ、終焉を迎える
181系 を記録する機会が多かったと記憶しています。
その記録を現在発掘中なので、また別の機会にお届けしたい
と思います。


上越新幹線 開業記念日 1982.11.15
おわり