半蔵門線  部分延伸開通記念日 1979.9.21
~幻の8000系 と 東急さんのジレンマ~

記念日シリーズ VoL.18

地下鉄 半蔵門線の「青山一丁目 - 永田町」間の延伸開通時に
発行された「開通記念優待乗車証」です。 

▼青山一丁目ー永田町間 開通記念 優待乗車証
営団 半蔵門線開業 優待券
当時の営団地下鉄(帝都高速度交通営団)は、日本国有鉄道
と東京都の出資による「公企業」であったため「優待乗車証」
という 呼称 に なっていますが、現在でしたら「株主優待券」
となるのでしょうね。


■駅のこと
 券面の地下俯瞰図は、半蔵門線の「永田町駅」を中心に、
 相互に乗換が可能となった「赤坂見附駅」が左手に、有楽
 町線の「永田町駅」が右手に描かれています。

▼半蔵門線・永田町駅(地下6階) 部分の拡大
永田町駅_半蔵門線
▲車両は 東急8500系 が描かれています

▼赤坂見附駅部分の拡大
 渋谷・荻窪方面 は 地下1階、浅草・池袋方面は 地下2階
赤坂見附駅
▲銀座線と丸の内線が同一ホームで乗り換えできる構造が
 よくわかります

▼有楽町線・永田町駅(地下4階) 部分の拡大
永田町駅_有楽町線
▲車両は ちゃんと 7000系 の容姿で描かれています

赤坂見附駅 と 有楽町線の永田町駅との乗換えルートは、途中
半蔵門線のプラットホームを端から端まで歩くこととなります。

小生もこの乗換えルートを度々利用していますが、上下方向の
移動はバリアフリー化のご対応で、エレベーター、エスカレー
ターは整備されているものの、横方向の移動は流石にプラット
ホーム上には「動く歩道」などはなく、歩行が不自由な方には、
少々しんどいのでは、と感じる乗換え駅です。

▼現在の赤坂見附/永田町駅 構内立体図
永田町駅_構内図
出典:東京メトロ公式 H.P

記念切符の俯瞰図にはまだありませんが、現在は半蔵門線の上、
地下3階に「南北線」のホームが、有楽町線寄りに存在します。

後から掘られる路線ほど、深い位置となるのが普通だと思うの
ですが、この地に一番最後に開業した「南北線」は、なぜか、
先代の有楽町線、半蔵門線より、浅い位置となっています。

このことについて、南北線のトンネルは、昔から先に掘られて
いて、一般人には明かされない地下道があったと仮説される方、
そうではなくて、都市計画上の青写真がきちんとあって、それ
を忠実に実行しているだけ、とされる方がいるなど、東京の地
下の謎を「正しく紐解く」研究も、楽しいかもしれません。


■運行のこと

▼車両イラスト部分の拡大 (幻の8000系)
営団車両イラスト
▲営団 8000系 が描かれているものの、まだ「計画車両」と
 書かれており、ライト部分が量産車とは異なる「幻のデザ
 イン」となっているところが興味深いです。


半蔵門線は、1978年8月1日に「渋谷 - 青山一丁目」間2.7Km
が 最初に開業しましたが、半蔵門線用の営団8000系が営業運
転に導入されるのは 1980年まで待たねばならなかった背景が
あったため、この記念切符にも「東急車両使用」と書かれてお
り、俯瞰図の永田町駅に入線している車両も「東急 8500系」
で描かれているのも、この事実に基づいたものとなっています。

半蔵門線は、銀座線の混雑緩和のねらいがあったことから、で
きるだけ早く乗客の流れにメスを入れるべく、初期開業から約
1年後の1979年9月21日に延伸開通した、青山一丁目と永田町
間の1駅間は、ひとまず「単線」で運行を開始した、極めて珍
しい決断がなされたのでした。

そのため、朝夕ラッシュ時は、青山一丁目行と永田町行が交互
に運行される形となりましたが、永田町駅まで延伸したことで、
有楽町線との乗換えが可能となり、銀座線の混雑緩和へ一歩前
進となりました。

▼半蔵門線・永田町駅 開業後 の 地下鉄路線図(下敷き版)
営団地下筒路線図_1979
▲工事中の延伸予定区間が二重線で示されている路線図です 
 こちらの8000系は本採用されたデザインで描れています
 
「単線」による運行は、1982年12月5日に複線化されるまで、
約3年間も続けられ、その4日後の12月9日に1駅隣の「半蔵
門」駅まで開業し、ようやく路線名の地まで達したのでした。

          *  *  *

その次の延伸区間となる「三越前」までは、いくつもの難題
に直面することとなり、半蔵門からわずか 4.4km の工事に、
更に6年弱の歳月がかかるのでした。 


■余談:東急と三越のこと
 半蔵門線が「三越前」まで延伸した際、直通運転を行って
 いる東急電鉄では、近隣に東急百貨店日本橋店を構えてい
 たことから、ライバルの百貨店の名前を、車両、時刻表、
 ホームの行先表示等に、掲示しなければならないジレンマ
 を抱え込んでいたそうです。
東急8500三越前
 そこで、自社線内では「渋谷方面」や「半蔵門線直通電車」
 など、行先を曖昧にしてアナウンスを行い「三越」と呼ぶ
 ことを可能な限り避けていたそうです。
三越日本橋店
 営団に対しても、早く別の駅まで延伸するよう要請したとか
 しないとか噂話もありましたが、結果として三越前開業から
 1年10ヶ月後に 1.3Km 先に「水天宮前」駅が開業し、東急
 側のジレンマは解消されたということです。

 「三越」さんの名は、最初に投資した銀座線の工事費のおか
 げで、駅名に採用されて以来、以後長きに渡り、いろいろな
 媒体にその名を展開され続けることとなりましたが、現在ま
 で駅名表示に伴って、宣伝費のような支払いは発生していな
 いとのことなので、一企業としては「おいしい産物」ですね。


半蔵門線  部分延伸開通記念日 1979.9.21
~幻の8000系 と 東急さんのジレンマ~
おわり