C57 「SLやまぐち」号 運転記念乗車券 1979.8.1

1979年8月1日、山口線 小郡ー津和野間 でSLの復活運転を
開始した 「SLやまぐち」号の 運転記念乗車券・入場券です。


■記念切符
 広島鉄道管理局の発行です

▼記念切符のケース
やまぐち号記念切符ケース1
(内側) SLの歴史と復活運転への想いがつづられています
やまぐち号記念切符ケース2
▼その1「小郡駅」入場券(本務機C57)
やまぐち号記念切符01
(裏)
やまぐち号記念切符02
▼その2「小郡駅」入場券(予備機C58)
やまぐち号記念切符03
(裏)
やまぐち号記念切符04
▼その3「小郡から100円区間」乗車券(阿東町)
やまぐち号記念切符05
(裏)
やまぐち号記念切符06
▼その4「小郡から100円区間」乗車券(山口市)
やまぐち号記念切符07
(裏)
やまぐち号記念切符08
▼その5「小郡から100円区間」乗車券(津和野町)
やまぐち号記念切符09
(裏)
やまぐち号記念切符10
▼その6「小郡から100円区間」乗車券(小郡町)
やまぐち号記念切符11
(裏)
やまぐち号記念切符12
▼シール C57 1 小郡
やまぐち号記念切符シール
「小郡」という駅名は、過去帳入りしてしまいましたね。

 ※小郡駅→現:新山口駅

          *  *  *

■車両のこと
▼初代「SLやまぐち」号 の スナップ
やまぐち号初代
客車は12系オリジナル車5両で組成され、一切飾り付けがな
い素っ気ない編成でしたが、主役のC57は ピカピカで、黄色
いヘッドマーク、赤プレート、煙突には、集煙装置が取り付
けられ、従来のC57とは ひと味違った姿で魅了しました。

■SLの運転と線区選定のこと
 SL復活運転により「山口線」は、脚光を浴びることにな
 りましたが、近隣の県民以外は「山口線は本州西端の遠い
 ところ」と感じさせることをぬぐえ切れない地でした・・。

では、なぜ「SL」を「山口線」で運転することになったのか?
山口線路線図
【表向きの理由

・産業文化財と位置づけたSLを後世に残す
・SL運転に欠かせない、転車台、給炭水設備類が残っている
・道中に、勾配、トンネルがあって、沿線に観光名所も備わり
 乗客(SLファン)を飽きさせない
 (国営放送取材記事から要約)

▼ヘッドマークがない 試運転列車(テレホンカード)
TRC_やまぐち号1
山陰の小京都と呼ばれる「津和野」を全国へアピール

【裏の理由
・大井川鉄道さんの運行するSL列車の成功実績にあやかる
・梅小路蒸気機関車館の入館者数も開館から5年で100 万人
 を達成しており、ゆるぎのない、根強いSLファン層の心
 と懐をガッチリつかめる(大きな期待が持てる)
・「小郡」は、新幹線「ひかり」号が停車する駅であり、飛
 行機は一番近い宇部空港へは、大型のジェット機は飛んで
 おらず、便数そのものも少ないことから、全国から山口線
 を訪れるための「選択肢」は、必然的に「国鉄線利用者」
 が大多数となる地である

以上のようなことから、「山口線」が最小限の投資で、最大
限の「増収増益」効果が望めるといった、経営側
の思惑に合
致した路線選定だったようです。(新聞社説から要約)

▼ヘッドマーク付 営業列車(テレホンカード)

TRC_やまぐち号2
その思惑どおり、「SLやまぐち」号は、令和の現在でも
JR西日本さんが新車を投入してまで運行を続ける「うまみ」
が、まだそこにはあることを物語っています。(たぶん・・)

老舗の長老がよく口にする「自分の代で終わりにしたくない」
といった、伝統を守り続ける「使命感」や「縛り」も、そこ
にはあるかもしれませんが・・。

▼「数字で見た国鉄 1979年」の表紙を飾った「やまぐち」号
数字で見た国鉄1979
何はともあれ、先代が選び抜いて築き上げたこの地に、
いつまでもSL列車が走り続けることを祈りたいと思います。


C57 「SLやまぐち」号 運転記念乗車券 1979.8.1
おわり