青函連絡船 津軽丸モデル

前回記事にて函館に着いたところで、今回は北海道の乗り鉄
時にお世話になった"青函連絡船"をモデルでご紹介します。
別の名を"鉄道連絡船"と称しますので "鉄道の仲間" ということで・・。

2009年に天賞堂さんから 1/500 の縮尺で、津軽丸型と呼ばれる
計7隻のディスプレイモデルが発売されました。
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青函連絡船の乗船の機会においては、決してねらった訳でも
ないのに、なぜか毎回「津軽丸」のお世話になりました。

これはもう赤い糸で結ばれた? 神から与えられた運命ともいう
べき巡り合わせとしか思えず、7隻発売されたモデルの中から
も当然のごとく「津軽丸」を手元に置くことにしたのでした。
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製品では船首を向かって右側に向けた "右舷ディスプレイ" を
基本としております。実物の一般配置図面を見てみても 船首
を右側にして書かれていますので、鉄道車両でいうところの
"公式側"といったところでしょうか。

▼右舷ディテール
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上の写真の黒色ベース部分右側にある丸いボタンを押すと、
ベースに組み込まれているスピーカーから、汽笛、銅鑼の音、
そして "蛍の光" のサウンドが流れます ♪

▼左舷ディテール
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サウンドの音源は、実物のものが用いられているところが
嬉しいこだわりで、この音色が当時の思い出を彷彿させます。

青函連絡船の乗船口は、左舷付けで片側しかありませんので、
乗船口のディテールを見るためには、ベースごと180度回転
させないと拝むことができません。

▼船首
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船首部の喫水線下 (赤色の部分) に目のように見える部分は、
横方向に推力を出す "バウスラスター" を表現したもので
青函連絡船では大活躍をした必須の装備が再現されています。
全体の塗装、船名の表記も大変奇麗な仕上がりです。
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アンカー (主錨) は、船体に格納された状態を再現しています。
この錨は洞爺丸事故を教訓として、アメリカ海軍が採用して
いたアメリカの錨メーカー製品を改良して作られた "国鉄型"
といわれていたもので、優れた把駐力を発揮したそうです。

▼船首甲板~航海甲板(ブリッジ部分)
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最先端に装備する "船首旗竿" も抜かりなく表現されています。
連絡船では掲揚する場面はなかったですが、岸壁までの距離を
測るための目印が付けられ着岸時の操船に活用されたそうです。
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甲板補機類も余すことなく忠実に再現されています。
着岸の情景を再現する際は、甲板上のウインチからワイヤー
類を伸ばせば、より実感的になりそうです。

▼船体前方
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最上部の航海甲板には、緊急時に使われる"支援艇"、膨張式
の救命筏 (ライフラフト) といった大型船ならではの救命器具
を装備し、航海甲板下の寝台室・グリーン船室が配置される
遊歩甲板側面には"浮き輪"も表現され、モデルの引き立て役
としてよいアクセントとなっております。
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▼船体中央
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遊歩甲板のディテール、船桜甲板の船室部分の複数の窓と共に
なんといっても船の顔とも言うべき "JNRマーク" があしらわ
れた煙突部分が最大の見せ場でしょう。
JNR
特急列車に用いられていた "JNRマーク" オリジナルの縦横
比率のままでファンネルマークとして用いた場合、横に長過
ぎることから、縦横比率が若干修正された経緯があります。
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▼船尾~車両甲板
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遊歩甲板後部には赤青に塗られたベンチが表現されています。
ここは屋根がない開放的なスペースで、左舷から、右舷から、
大海原の眺めは最高でした。お天気がよければ "お日様の光" と
 "津軽海峡の風" を体一杯に浴びることができました。
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モデルでは、後甲板 (遊歩甲板の後部) が整備される前の乗用車
輸送が行われる前の時代設定になっています。

最後尾にはポンプ操縦室とその下に位置する車両甲板には3線
分のレールと貨車が航送されている姿が再現されております。
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車両甲板に顔を覗かせている貨車は、両側にトビ色の有蓋車
が、真ん中には白色の冷蔵車らしき車両が表現されています。
塗装の違いだけではなく、妻面にはきちんとディテールが施
されトビ色車と冷蔵車で違いをもたせているところがマニア
心をくすぐります。このこだわりは、さすが天賞堂さんです。
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ポンプ操縦室の上部には "船尾旗竿" があり、その船の所属
する国の国旗を掲揚する規則になっています。
モデルは「日の丸」が掲揚されている状態で製品化されて
いますが、青函連絡船における掲揚は入出港時のみでした。
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船底には操舵機器である”可変ピッチプロペラ"と"2枚舵"も
作り込まれており、プロペラには金属感のある塗装が施され
引き締まった印象を与えております。

▼船籍港の表記
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船籍港は船舶法の定めによって、管轄の運輸局へ申請の上、
船尾に表示することになっています。

青函行路専用船になぜ "東京" の表記なのか?
船籍港=「船舶の航行できる水面に接した地で、原則として
船舶所有者の住所に定める必要がある」とされています。
モデルは国鉄所有時代、所有者の住所=東京都丸の内、東京
都は前途の条件を満たし、ゆえに "東京" と記された訳です。

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津軽丸は国鉄時代の1982年3月で終航となりましたので船籍港
の変更はなかったのですが、国鉄分割民営化後にJR北海道の
所有となった船の船籍港は「函館」とされたことからこの表記
も「東京」から「函館」へ変更されました。
青函連絡船には、こちらの表記の方がしっくりきますね。
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上の写真は函館で保存されている実物の摩周丸のものです。
船籍港の漢字の部分は「函館」に変更されておりますが、
アルファベット部分に"HAKODATE"の表記がなく、もとの
”TOKYO”の立体的な文字をペイントのみで消しているため、
真近で見るとクッキリと残っているのが判ります。

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▼シンボルマーク
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このシンボルマークは、1977年青函航路開設70年を記念して
各連絡船毎のマークがお目見えし、船体に掲示されるように
なりました。イルカさんの配置位置のみ各船共通デザインで、
中央の絵柄は各船名に由来するデザインが用意され、連絡船
終航まで掲示されました。

写真は"津軽丸"乗船時に記録していた実物の"シンボルマーク"です。
船体側面のほか、遊歩甲板後部のベンチのあるところにも掲示され
ましたので、ここで記念撮影された方も多くおられることでしょう。
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モデルはこの時代設定ではないため、シンボルマークは再現
されておりませんが、連絡船最終期の時代を再現する場合に
はなくてはならないアイテムのひとつです。

津軽丸の船内に置かれていた乗船記念スタンプをペタン!
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メモ帳の切れ端に押したものでしたが、保管していてよかったです。

「津軽丸」殿、大変お世話になりました。


青函連絡船 津軽丸モデル
おわり