駅構内に銭湯があったターミナル駅
~名駅
3代目駅舎時代・381系がいた頃~


中部地方・東海地方最大のターミナル駅である名古屋駅。
国鉄時代の「3代目駅舎」があった頃の風景回想などを。

■3代目駅舎の誕生
1937(昭和12)年2月1日 高架化工事が完成し、一時代の
名古屋の顔となる3代目の新駅舎の使用が開始されました。

▼新駅舎は 鉄筋コンクリート造りで、地上5階(一部 6階)
 地下1階、床面積7万㎡ の 国内最大級の駅舎となりました
絵葉書_名古屋駅_1
▲この駅舎を記憶に留めておられる方々も多いことでしょう

 (観光絵葉書より拝借)

蒸機時代から夢の超特急新幹線が行きかう時代まで、数えき
れない多くの人々の生活と人生を見つめてきました。

▼1987年 改築50周年記念のオレカより
 新駅舎の開業直前 駅前の旧線を行く蒸機(1937年1月)
ORC_ST_名古屋駅改築50周年記念
戦時中、名古屋大空襲で火災に遭うなど、 激動する一時代を
生き抜き「セントラルタワーズ」の建設工事が始まる1993年
(平成5年)10月 まで、愛知を代表する玄関口として、その
役割を全うしました。


■名古屋駅を「名駅(めいえき)」と呼んでいる
仕事で長らく名古屋に滞在したことがあるのですが、名古屋
と言えば「喫茶店のモーニング」や「きしめん」に「エビフ
ライ」「味噌カツ」に「ひつまぶし」「名古屋コーチン」等、
食文化は何かと有名どころですが、名古屋駅のことを「名駅
めいえき)」と呼んでいることや、地名にも「名駅」が用
いられていることを、しばらく滞在する中で知りました。

▼名古屋駅に キハ80系の「くろしお」が 顔を出していた頃
名古屋駅_0_82
▲隣に見える新幹線は「0系 だぎゃあ・・」
(過去記事より再掲)

なぜ「えき」でなく「めいえき」と呼ぶのか、名古屋の仕
事仲間に聞いてみたのですが、生まれた時からそう呼んでい
るので考えたことがないと・・。ただいくつか思い当たるの
は、古屋鉄道のことを誰もが「めいてつ」と呼んでいるこ
とからきているとか、地下街が迷いやすい=「迷駅」といじ
られて "迷"と"名"をかけて「名駅」になった・・という話を
聞かされましたが、いまいち真相はハッキリしません・・。

そこで、昔の文献から探るのがよいと思い、江戸時代に編集
が始まった名古屋城の百科事典「金城温古録」を読み進めた
ところ、その答えではないか?と思えるものがありました。

▼名古屋駅で並ぶ 中央西線の旧国電車 と 381系「しなの」
名古屋駅_79_381
▲やはりこの時代が でら好きだがや・・(過去記事より再掲)

温古録では、名古屋城を略した「名城(めいじょう)」という
表現が頻繁に使われており、以来名人(めいじん)や名言(
めいげん)など「名高い」という意味も込めて、名古屋を含
む言葉を略す時、"な" ではなく「めい」が 使われるように
なったそうです。

▼「1枚のキップから」キャンペーン時代 の 駅スタンプ

ST_名古屋駅_1枚のキップから
▲名古屋駅を「めいえき」と呼ぶ語源となった「名城(名古
 屋城)」と新幹線が描かれた 昭和の名古屋駅のスタンプ

そういえば、もうひとつ聞いたのが、名古屋で「めいだい」
と言えば「古屋大学」のこと指すということも知りました
が、そうなると「明治大学」の呼び方は、なんと言っている
のでしょうね・・。


■駅構内にあった銭湯
3代目駅舎時代で特記すべきは、何と言っても日本で唯一、
駅構内に「銭湯」があったことでしょうか。
銭湯_男湯
屋号は「早川浴場」(経営者の姓)で、駅舎の竣工とともに
営業を開始、蒸機旅の煤を落とす旅客や、夜行列車の長旅後
の乗客が利用するなどして、1950年前後には 1日1000人を
超す利用客で賑わったそうです。

▼名古屋駅構内にあった「浴場」を示す案内看板
 (鉄道写真家:南正時氏の記録より拝借)
名古屋駅_浴場看板
▲なんと理容店・クリーニング店も併設し、入浴中にプレス
 (衣類のシワとり)のサービス も 行っておられました

昭和30年代の営業時間は、午前5時~午後11時という長時間。
新幹線開業後は年々利用客が減少へ転じ、営業時間も短縮さ
れて行き経営状態も年々厳しくなってしまったようで、晩年
は家賃の滞納で JR東海さんと裁判で争う場面もありました。

▼JR東海さんの時代になって間もない頃の名古屋駅での1枚
名古屋駅_113_381_85
▲生粋の国鉄形車両 と 新生JRのキハ85が共存を始めた場面
 通常の定期列車では、煤で体が汚れる場面は皆無に・・

▼3代目駅舎の「さよなら」オレカ
ORC_ST_名古屋駅ビル_さよなら記念
銭湯の営業は駅ビルが解体されるより前の 1991年11月末で
幕を閉じましたが、末期の営業時間は 午前7時~午後2時で、
1日の利用客も、50人程度まで落ち込んでいたそうです・・

▼3代目駅舎とは反対側にある西口(太閤通口)の新幹線が
 目の前に見える定宿からの眺めの記録 
(左手が大阪方面)
名古屋駅_西口_100
▲100系が行きかう時代も 駅中銭湯はまだ営業していました

上の写真は、もう30年以上も前の情景なので、今はこの位置
から見える景色は、一変していることでしょうね・・
近々、中央リニアが開業する前の名古屋駅周辺を久しぶりに
うろついておこうかと思っております。


■名古屋駅は 次のステージへ
中央リニア新幹線は、現在の名古屋駅を真横から串刺しする
ルートで十文字に交わる計画で工事が進められており、上の
写真に写る太閤通口広場付近の真下にも、リニアの巨大な名
古屋駅が構築されるようです。
ORC_リニア
リニアの工事では、静岡県との燻り事が、いささか気がかり
ではありますが、また新たなステージを迎える「名古屋駅」
に、再注目しておきたいと思います。

          *  *  *

「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く・・」、なんていう
標語も昔ありましたが、「駅でひとっ風呂浴びる・・」なん
ていう、ちょっと贅沢な時間の使い方ができる余裕も、持ち
合わせていたいものです・・


駅構内に銭湯があったターミナル駅
~名駅3代目駅舎時代・381系がいた頃~
おわり