自分史と鉄道の関わりを振り返る ~京浜急行 編~

■まえおき
昔の写真や収集物件などを整理する中、自分史に関わった
鉄道のことを、再認識することにも繋がってきました。

そこで、エビデンスと記憶が確かなうちに、鉄道が関わった
「思い出」をつづり、書き残しておきたいと思います。

第1回目は「京浜急行」さんから。

※今回の
写真はイメージで、小生のレイアウトでの撮影です


■京急さんとの出会い
 幼少の頃、毎日見ていた電車と言えば、街中を走り回る黄
 色い都電ばかりでした。そんな中
、親に連れられて親戚の
 家へ遊びに行くという場面で、初めて私鉄線に乗ったのが
 「京浜急行」さんでした。
京急03
 品川で初めて見た 真っ赤な電車、勢いよく開閉する大きな
 片開き扉、聞き慣れないコンプレッサーの音にビビリ・・。

 乗車区間は「青物横丁」という駅までで短い区間でしたが、
 インパクトが強すぎ一発で脳裏に刷り込まれた電車でした。

 今でも京急と言えば、初代1000形の姿が想い起こされます。


■記憶に残る初詣デビュー は 川崎大師
 父親に"赤い電車"を エサにされて「川崎大師」へ初詣の
 デビュー。行ったはよいが、駅も電車も大師も 超満員で
 父親の手と周りの大人達のお尻と足元しか見えていない。
 視界が開けた唯一の記憶は飴屋さんでの飴切り実演だけ。
京急02
 大師線の電車に乗ったという記憶はあるものの、ホビー
 センターカトーさんにいる同形のデハに乗ったはずなの
 ですが、その記憶と記録が どこにもありません・・。

 あまりの混雑ぶりに、父親はこれ以来、幼い小生を川崎
 大師へ連れて行く事は、一度もありませんでした。


■海水浴 は 三浦海岸
 夏のレジャーと言えば 海水浴 が ド定番の時代。
京急01
 国鉄も海水浴場へ向けて、臨時列車を沢山走らせていた中、
 アクセスの良さと安さから、料金不要の電車でダイレクト
 に行ける「三浦海岸」へ足が向きました。

 砂浜も海の家も人で埋まり「イモ洗い海岸」と言われる中、
 海の家で食べた カレーライス と イカ焼きは 美味しかった。
京急05
 帰りは皆、日焼けして 京急の電車と、どっこいどっこいの
 赤い顔をして、帰宅後は ヒリヒリ との戦いになりました・・。


■仕事で半年、青物横丁 へ 通う
 品川から3駅目の「青物横丁」へ、一定期間仕事で通う
 場面に遭遇し、自身が初めて利用した「品川ー青物横丁」
 間を、まさか定期券を持って毎日通勤するとは、なんと
 も不思議な巡り合わせがあるものか、と感じたものです。

京急07
 山手線の外側へ毎日通うというのも初めての経験だったの
 で、とてもワクワクしました。しかも京急線内はラッシュ
 とは逆方向、行きも帰りも座ってのラクラク通勤でした。
 ただ、乗車距離が短かすぎて、物足りなさは拭えません。

 お昼休みに見た忘れられない光景があって、それは駅員さん
 が、横丁の商店街で購入したお弁当を、乗務中の車掌さんへ
 手渡ししていたことです。

 ・駅員さん「こっちの包みは〇〇駅、こっちは〇〇駅ね!」
 ・車掌さん「承知!オレのは?!」
 ・駅員さん「(苦笑い)」
京急04
 高架化前の線路脇から丸見えのところで、こんなやり取り
 が堂々と行われていた、おおらかな時代でした。

 何回か見た感じでは、業務上の物件も やり取りしており、
 その「ついで」に、お弁当もその行路に託していたのかと。
 (関係者の皆さん、昔の話です、もう時効ですよね・・)


■模型店巡り で 京急鶴見へ
 グリーンマックスさん の 鶴見店 があった 京急鶴見へ。
京急06
 わざわざ 神奈川県 まで足を運んだのは、都内の店舗 では
 品切れの製品が多い中、購入できる確率が高かったため。
京急08
 まだネット販売など普及していない時代、自分の足で得る
 しかありませんでした・・。
 そんな GM鶴見店 は 残念ながら 閉店してしまいました。
 (在庫している・・商売としては芳しくない状況か・・)

 GM店閉店後、リトルジャパン鶴見店として独立され、GM
 時代の店長さんがそのまま引き継ぎされたため、継続して足
 を運ぶことになりました。

 しかしこちらも 後に閉店されることに・・。残念でした。
 閉店を惜しむユーザさんが昔書いたブログが、現代でも散見
 されます。


 以後、京急さんを利用する機会を 失ってしまいました。
 ごめんなさい・・。


           *  *  *


=思い出話から波及した余談=
 GMとリトルジャパン時代にお世話になった店長さんは、
 山陽本線 大畠駅近くに、ご自分のお店をオープン!
 → 柳井レイルモデル さん
 (店長さんは、GM時代、大山本店・田端店 でも 店頭に
  いらっしゃいましたので 覚えている方も おられるかと)

  お店の看板に描かれる踏切警報器は どことなく GMさん
  時代の匂いを感じさせます。

 この地域では、広島まで行かないと入手できなかった製品
 が、柳井レイルモデルさんの出店のおかげで、多くの製品
 が、楽に入手できるようになったとのことです。

 機会あれば、訪れてみたいです。


自分史と鉄道の関わりを振り返る ~京浜急行 編
おわり